野幌の森に棲むツル
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野幌の森に棲むツル

 今回の探検は、野幌森林公園に半世紀も棲み続けているツルについてです。「えっ?森林公園にもタンチョウがいるの?」いえいえ、ツルと言っても、生きているタンチョウではありません。北海道博物館の正面玄関前のアプローチデッキに立っているブロンズ像のツルです。作品名を「羽ばたき」といいます。

北海道博物館と「羽ばたき」

大空を飛んでいるかのよう!

 足元には北海道の道章。その上に、タンチョウの優美な脚を思わせる高さ3mの細長い台座。そして、その上に大きく翼を広げた高さ2.5mのツルの彫刻が載っています。翼は向かって左の方が若干大きくなっています。この左右非対称の造形によって、見る角度によって姿が変化し、動きが生まれます。下から見上げながら像をぐるりと回ると、青空をバックにしたツルのダイナミックな「羽ばたき」を感じることができます。北海道のこれまでの営みを、そして未来の北海道をも空からずっと見守ってくれているようでもあります。

 この彫刻、実は「たけお」という名前を持つ二人のアーティストのコラボレーションで生まれたんです。

 この彫刻が立つ北海道博物館は、北海道100年を記念して建てられ、1971年(昭和46)4月に北海道開拓記念館として開館しました。当時の町村金五知事の格別の要望で設計を依頼されたのが、一人目の「たけお」、建築家の佐藤武夫(1899-1972)です。

 佐藤は、旭川で旧制中学時代を過ごしました。その頃の思い出を「中学の先生から聴かされた「BOYS BE AMBITIOUS」の言葉もそのころの心に灼きついたし、往復8キロの風雪を衝いて、あるいは雪解けの馬糞のぬかるみ道を、中学に通いつめたあの半年近い冬毎の忍苦は、少年佐藤の心身の形成にあずかるところが決して少なくない」と振り返っています。佐藤はその後早稲田大学に進み、大隈講堂の設計に携わったのをはじめ、数々の公共建築を手がけ、日本建築学会の会長なども歴任しました。1960年には旭川市役所庁舎の設計で、日本建築学会作品賞を受賞しています。知事からの依頼を厳粛な気持ちで引き受けた佐藤は、病魔に侵される中、第二の故郷である北海道への熱い思いを全面赤れんがの荘厳な建築に込めました。「北海道の開拓という叙事詩を自分なりに謳ったつもりだ」と語っています。そして開拓記念館開館の翌年、72年の生涯を閉じました。渾身の遺作である記念館の建築に対して2度目の日本建築学会作品賞が贈られたのは、その翌年のことでした。

 その佐藤から正面玄関前の彫刻を依頼されたのが、もう一人の「たけお」、彫刻家の山内壮夫(やまのうち 1907-75)です。

山内壮夫遺作展図録の表紙より 昭和53年6月14日-7月24日 旭川郷土博物館

 山内は岩見沢市生まれの札幌育ちで、本郷新や佐藤忠良などと切磋琢磨しながら、ともに新制作協会や全道展で活躍しました。ベトナム戦争を題材に「ソンミの慟哭」や「子を守る母たち」を制作するなど、ヒューマニズムの作風でも知られています。また、建築と彫刻の融合を志向し、佐藤武夫とは何度もタッグを組んで、佐藤建築の野外モニュメントなどを制作しています。北海道の記念碑的建造物の彫刻のモチーフをどうするか。佐藤や町村知事とも相談して決まったのがツルでした。タンチョウは1964年に「北海道の鳥」に指定されましたが、絶滅の危機に瀕していて、懸命の保護活動が繰り広げられていました。また、山内はアイヌ舞踊の「鶴の舞」の優美さに魅せられ、「鶴の舞」シリーズと呼ばれる作品群を生み出し、代表作の一つとなっています。「ツル」がモチーフに選ばれたのは当然の成り行きだったかもしれません。

 さて、冒頭で見たように、「羽ばたき」はその造形だけでも十分味わい深いのですが、実はもう一つ、心憎いまでの意匠が凝らされているんです。像の前で説明してくださったのは北海道博物館の学芸員・鈴木明世(あきよ)さんです。

北海道博物館学芸員 鈴木明世さん

 鈴木さんが像の前で拍手をすると、何倍もの重層的な音の連なりが跳ね返ってきました。タンチョウが空に高く舞い上がるときの羽音のようでもあります。その秘密は、この彫刻を両手で包むように取り囲んでいる左右の壁にあるというのです。

 上の写真の壁と階段が接するラインをよく見てください。緩やかにカーブして、真ん中が少し外側に膨らんでいますよね。鈴木さんによると、像の前で手をたたくと、その音が壁のあちこちに反響して微妙な時間差で立ち位置のあたりに集まってくるようになっているのです。実は佐藤武夫は建築音響学の先駆者でした。若かりし頃、日光東照宮のお堂で参拝者がかしわ手を打つと、天井に描かれた龍が鳴き声をあげるように聞こえる「鳴き龍」現象の仕組みを解明したことでも知られています。そんな佐藤が一計を案じたのが、この羽ばたきを再現する音響壁でした。「羽ばたき」というタイトルも佐藤がつけたといいます。山内はこの意匠について「建築画報 特集/北海道百年記念施設」の中で「北海道百年の開拓に羽ばたいた人たちの息吹を偲ばせる設計者の密やかな贈物と思う。」と賛辞を送っています。

 原始の森の一角にこだまするタンチョウの羽ばたき。それは北海道を愛し、互いをリスペクトし合った二人の「たけお」の魂の響き合いでもあるのです。みなさんも今度北海道博物館に行ったら、ぜひツルの前で手をたたいてみてください。

 ちなみに、2018年4月17日に森林公園で撮影された上空を飛ぶタンチョウの姿が、北海道野鳥愛護協会の「北海道野鳥だより 第194号」の表紙を飾っています。棲んではいなくても、上空には飛来しているんですね。本物のタンチョウはこの「羽ばたき」をどんな思いで眺めているでしょうか。

【参考文献】

「建築画報 第7巻第57号 特集/北海道百年記念施設」(1971年6月)

「北海道博物館 たてものの見どころガイド」(2022年3月)

「現代日本建築家全集7」 栗田勇(1977年8月)

「ロマンティストたちの家 佐藤武夫と佐藤総合計画の半世紀」相澤成憲 1997年11月

「さっぽろ文庫21 札幌の彫刻」札幌市教育委員会文化資料室 昭和57年6月

「山内壮夫」 佐藤友哉 「紀要 第5・6号 昭和56・57年度」北海道立近代美術館

「山内壮夫遺作展図録」旭川市立郷土博物館 昭和58年6月

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