厚別区内で大量の「たい肥」が生産されていると言ったら、信じられますか。しかも、生産しているのが、肥料会社でも、農協でもなく、札幌市だとしたら。でもこれは、本当の話です。
たい肥の原料は各家庭から出される「枝・葉・草」です。札幌市内の家庭から昨年度1年間に出された「枝・葉・草」は約1万9000トンにも上ります。札幌は190万を超える人口を抱えているうえに、住宅の敷地も大都市としては広いため、膨大な「枝・葉・草」が出るんです。それを使って札幌市がたい肥作りに取り組み始めたのは2009年のことです。この年の7月から札幌市では一般家庭からのごみ収集を有料化しました。市では、「枝・葉・草」については「燃やせるごみ」とは別に出してもらい、お金のかかる焼却処分を止めて回収費用を無料のままにすることにしたのです。市民の費用負担を軽減し、焼却処分するゴミも減らす。そのための方策がたい肥化だったのです。
たい肥作りの現場は厚別区北部の「山本北処理場」にあります。広さ12ha。2009年まで「燃やせないごみ」や焼却灰の埋め立て処分が行われていた場所です。札幌市内の家庭から出た「枝・葉・草」はすべてここに集められます。
たい肥化の工程はこうです。まず積み上げた「枝・葉・草」をごみ袋ごと破砕機にかけて砕き、高さ2m余りの畝状に積んできます。この後、1・2回撹拌機で撹拌して空気を入れ、発酵を促進します。発酵の熱で畝の表面温度は60℃、中の方は70℃にもなるといいます。3週間ほど発酵させた後、網目が1㎝角のふるい機にかけ、ごみ袋の破片や、太めの枝などを取り除きます。この後は野積みにして、さらにゆっくり発酵させれば、腐葉土に近い純植物性のたい肥ができ上ります。どんな機械を使い、どのぐらいの大きさに破砕し、どんなタイミングで攪拌すればいいのか、今も試行錯誤が続いています。こうして昨年度作られたたい肥は約3000トンに上ります。
私も手に取ってみましたが、柔らかくて軽く、フカフカしていて、森の土と似たような臭いがしました。市側からもらったたい肥の成分表には「窒素全量0.49%、リン酸全量0.28%、カリウム全量0.33%、有機炭素6.16%、炭素窒素比12.60、水分含有量34.00%、水素イオン濃度7.40」と書いてありました。これについて、北海道総合研究機構農業研究本部の富沢ゆい子(とみざわ)主査に伺ったところ、「家畜の糞尿に比べると栄養価は低いですが、成分のバランスも良く、適度に水分も抜けていて、使いやすい資材になっていると思います。これを土に入れると、土壌中に隙間ができて、通気性や水はけ、水持ちがよくなり、植物の根の張りがよくなります。土壌の微生物の働きが活発になることも期待できます」と話してくれました。
でき上ったたい肥は市民に無料で配られ、還元されています。ことしも10月13日から20日までの8日間、山本北処理場の周りでは、たい肥を求める市民の車が連日長蛇の列を作りました。初日から4日間は最大2時間待ちになったというから驚きです。私は最終日の20日に取材にお邪魔したのですが、たい肥渋滞に巻き込まれ、市の担当者と約束した時間より30分も遅れてしまいました。この無料配布が、私が思っていたよりビッグなイベントであることを実感しました。
配布会場では、たい肥の長い畝の両側に、合わせて車38台分の採取スペースが設けられていました。多くの市民に配るため、積み込み時間は1組30分まで、2トン以上のトラックでの積み込みはお断りというのがルールです。訪れた人たちは、持参したスコップでビニール袋などに次々とたい肥を詰め込んでいました。東区の多田国義(ただ・くによし)さん(78)は3・4年前から毎年来ているといいます。この日は麻袋など20枚以上を携えて来ていました。「市のお知らせに告知が載るので、秋になると欠かさずチェックしている。無料でもらえるのはありがたい」と話していました。
白石区の77歳の男性は去年から来ているといいます。今シーズンは5日ほど前にも来ていて、この日が2回目とのことでした。プラスチック容器の底をくり抜いた円筒形の道具を使って袋の口を広げ、手際よく土を詰めていました。ことし1回目の時に周りの人たちが同じような道具を使っているのを見て、早速作ってみたとのことでした。100坪の家庭菜園を作っているとあって、たい肥もたくさん必要です。「去年もらったたい肥を畑に入れたら、大根やニンニクの育ちがよくなったんだよね」と笑顔で話してくれました。配布期間の8日間に会場を訪れた市民の車はのべ約2400台近くに上りました。どのくらいのたい肥が配られたかは現在集計中ですが、昨年度は730トン余りだったということです。
実はこれと同じくらい約800tのたい肥が、市内の農家にも無料で提供されています。札幌市農協の担当者によりますと、25軒から30軒の農家から希望があり、農協がダンプを手配してたい肥を取りに行き、畑まで届けています。「有効な有機質として農家の人たちも喜んで使っています。ダンプ3台から5台分のたい肥をもらっている農家も結構います」とのことでした。
たい肥の半分はこうして市民や農家に配られ、残りの半分は広大な埋め立て処分場で路肩の補修などに土砂として使われています。札幌市環境局施設管理課の下江大己(しもえ・たいき)係長は、「手探りの状態から始め、一定の品質のものができるようになり、市民に配り始めたのが6年目の2015年です。今では多くのみなさんに喜ばれるようになり、うれしいです」と話していました。今後はたい肥のさらなる有効活用や、作業の省力化に加え、ゴミ袋の破片などをさらにきめ細かく取り除けるよう改善していたいとしています。
冬を前に各家庭では一年で一番「枝・葉・草」が出る季節を迎えています。大量の、重たいゴミ出しに辟易することもあるかと思います。でも、そんな時思い出してください。「枝・葉・草」はゴミではなく、厚別の空の下で一年かけてたい肥に生まれ変わることを。そして、家庭菜園や農家の畑の実りをより豊かなものにしていることを。