その食堂は、月に2回、市民ボランティアの人たちによってオープンします。もみじ台の真ん中にある管理センター2階の小会議室がその日だけ食堂になるのです。厚別区に6つある子ども食堂のひとつですが、お母さんたちやお年寄りも利用できます。その名も「あじさい食堂」。七色に変わるあじさいの花のように、いろんな人たちが集まる場所にしたいという願いが込められています。もみじ台のボランティアグループ「あじさい」が、自治会や老人クラブ、さまざまな企業・団体からの寄付なども受けながら運営しています。大学生までは無料、大人は1人300円です。この値段で栄養バランスの取れたおいしい食事が食べられるとあって、毎回110人前後の人たちが訪れます。取材にお邪魔した10月11日も午後5時の開店と同時に大勢の人たちでにぎわいました。
「食堂」への情熱
強力なリーダーシップで食堂を牽引しているのが星見優子さん(ほしみゆうこ 81)です。快活で、フレンドリーで、お話もおもしろく、すぐに引き込まれました。星見さんは食生活改善推進員として、長年健康的な食生活の普及や食育に取り組んできました。札幌市の食生活改善推進員協議会の副会長も務めました。そんな星見さんが活動の集大成として2018年6月に始めたのが「あじさい食堂」です。「月に2回ではあっても、子どもが安心して食べられるところを作ってあげたい」という思いからでした。活動が軌道に乗ったのも束の間、2020年2月からは新型コロナの感染拡大で食堂を開けなくなりました。しかし、その間も100円弁当を130食作って希望者に配るという形でずっと活動を続けてきました。そんな困難も乗り越え、2023年4月には3年ぶりに食堂を再開。毎月第2・第4金曜日に、心尽くしの食事を提供しています。食材の多くは、札幌市内のフードバンクや食品メーカーなどから無料で提供してもらっていますが、その調達や保管、また集まった食材を元にメニューを考え、レシピを作る作業も星見さんが担っています。さらには、「経費を抑えるため、畑を借りて、食堂で使う野菜を作っているんです」とおっしゃるので、びっくりしました。
早速、食堂の開催を2日後に控えた10月9日の朝7時半、星見さんの収穫作業に同行しました。畑は、もみじ台から立命館慶祥高校に行く途中の丘にありました。約500㎡、家が2・3軒は建つ広さで、家庭菜園のレベルを遥かに超えています。星見さんは日焼けしないように完全防備した出で立ちで、大根や白菜などを次々と収穫していきました。この他にも、キュウリやトマト、キャベツといった主要な野菜をはじめ、鷹の爪やニンニクに至るまで、30種類以上の野菜を無農薬で作っています。多い時は週に3・4日は畑仕事をしているといいます。一番大変なのは何ですかと尋ねると、すぐに「水やりですね」という答えが返ってきました。自宅の雨樋から落ちる雨水を貯めて、それを大きなペットボトルに入れて、夫の忠昭(ただあき 84)さんに車で運んでもらって使っているというのです。「雨水だけでは足りないんで、水道水も運んで来ています。水は重いし、水道代も馬鹿にならないんです。でも、畑仕事は解放感があるし、好きですよ」。笑顔で話してくれましたが、その作業の大変さを想像すると、どこにそんなパワーがあるんだろうと思わずにはいられませんでした。
「びっくり」はまだ続きます。収穫した野菜をご自宅まで運ぶ際にも同行したのですが、車庫は野菜の貯蔵庫として使われていました。「夏の間、車はずっと玄関先に置いておくんです」とのこと。居間の隣の部屋にも提供された食材や調味料、ポットなどの道具類が所狭しと積み上げられていました。冷蔵庫は自家用のほかに食堂用のものが2台あり、どれも満杯です。1回につき110食分もの食材を個人宅でストックしておくわけですから、こうでもしないと入りきらないわけです。生活のすべてが、食堂を中心に回っていることがうかがえました。そんな星見さんを支え、優しく見守っているのが夫の忠昭さんです。提供される食材の引き取りや、収穫した野菜、畑にかける水の運搬などは忠昭さんが担っています。星見さんが「主人がいるからやれるんです」と言えば、忠昭さんも「びっくりするぐらいよくやっている。やっているうちは、手伝わないわけにはいかないよね」と、穏やかな笑みを湛えていました。
いよいよ開店
食堂開店当日の星見さんは、試合前のアスリートのような雰囲気でした。少し寝不足だというので訳を聞いてみると、食堂で出すキムチは一晩は漬け込まなければならないので、畑で採れた大根や白菜を使って一人で夜中までかかって作ったというのです。昼前には、ストックしておいた食材や道具などの運び出しが行われました。ワンボックスカー1台分、単身赴任者の引っ越しかと思われるほどの量が積み込まれました。
午後1時、もみじ台管理センター2階の調理室には、食堂のメンバー12人が集まりました。60代から84歳まで。孫のような子どもたちのために、ボランティアを続けている面々です。この日のメインのメニューは、フードバンクから提供された冷麺。それに枝豆・ベーコン・塩昆布入りのおにぎり、畑で採れた小松菜・ニンジン・刻み揚げのなめたけ和え、さらには星見さんが作ったキムチ漬けの4品です。星見さんが、献立と作り方を説明すると早速作業が始まりました。それぞれの役割を決めなくとも、野菜を切る人、エビの背ワタを取る人、おにぎりを作る人と、自然に役割分担ができ、スムーズに作業が進むから不思議です。みんな立ちっぱなしで、大なべで煮炊きをしたり、ご飯を冷ますためウチワであおいだりと、額に汗しながらの作業が続きます。星見さんも、メンバーからの質問に答えたり、味見をしたりと、忙しく立ち働いていました。
途中20分ほどの休憩がありました。お菓子を食べながらのおしゃべりタイムです。メンバーからは「みんなとのおしゃべりが何より楽しみ」「やりがいが生きがいです」といった声が聞かれました。この明るさが活動の原動力なんですね。星見さんについてどう思っているか尋ねると、「1日が24時間では足りないんじゃないでしょうか。頭が下がります」という答えが返って来ました。
開店30分前の午後4時半ごろから、お年寄りたちが次々と集まって来ました。午後5時、テーブルと椅子がセットされた小会議室に「あじさい食堂」のれんが掲げられました。いよいよ開店です。調理室では、大鍋で冷麺をゆでる作業が始まり、注文数を確認する大きな声が飛び交います。
一方、食堂ではお年寄り同士、世間話をしたりしながら、ゆっくり食事を楽しんでいました。感想を伺うと「心がこもっていておいしいんです、毎回楽しみにしています」「栄養も考えてくれているから、料理の勉強にもなります」といった声が聞かれました。お年寄りたちの来店が一段落すると、午後6時前ぐらいからは、仕事帰りのお母さんと子どもや、中高生が次々とやってきます。母親のひとりは「仕事をしているので、ご飯を作らなくてもいい日があると本当に助かります。他のお母さんたちと話もできるし、楽しいです」と話していました。部活動を終えた男子中学生たちはスタッフから「元気にしてた? おにぎりは何個食べてもいいからね」と声をかけれ、うれしそうに頬張っていました。なんだか懐かしい光景だなあと思いました。
実は私もご相伴にあずかりました。どれもおいしく、もちろん完食です。特におにぎりは彩りもよく、しかも塩気はベーコンと塩昆布だけでというやさしい味付けで、健康への細やかな気遣いが感じられました。「『おいしかった』とか、『これどうやって作ったの?』とか言われると、本当にうれしいんですよね。そろそろ後の人にバトンタッチしなくちゃいけないんですけど」と笑顔で語る星見さん。地域のお母さんの奮闘の日々はまだまだ続きそうです。