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新札幌で爆破事件?!

タイトルバックの写真は新札幌のデュオ-1にある文教堂で撮ったものです。新刊のミステリー小説『数学の女王』が「新札幌で爆弾テロ事件発生」という手書きのポップを添えて、正面の一番目立つ棚に大々的に並べられていました。地元の書店としてはやっぱり力が入りますよね。『数学の女王』は、ことし1月講談社から出版されました。作者は伏尾美紀(ふしお・みき)さん。1967年北海道生まれ。現在も道内在住で、2021年、『北緯43度のコールドケース』で第67回江戸川乱歩賞(日本推理作家協会主催)を取った気鋭の作家です。タイトルからすると、新札幌とは縁がなさそうな感じですよね。しかし、事件は、JR新札幌駅の近くに開校したばかりの「北日本科学大学大学院」で起きます。この「北日本科学大学大学院」は、国内で五番目の国立の大学院大学という設定になってはいますが、「札幌キャンパスと野幌キャンパスの二か所からなっている。」というくだりもあります。こうなると、2021年4月に開設された札幌学院大学の新札幌キャンパスを思い浮かべてしまいますよね。

札幌学院大学の新札幌キャンパス

私も「あつ!ベンチャー」の取材で何度かお邪魔したことがあります。陽光をふんだんに取り入れた透明感のあるスタイリッシュな校舎で、訪れるたびに学生さんたちが羨ましくなります。これは想像ですが、作者は札幌学院大学の真新しいキャンパスや、新札幌で次々と進む再開発にインスピレーションを得て、舞台設定を考えたのではないでしょうか。

物語は「北日本科学大学大学院」で何者かによる爆破事件が起き、博士号を持つ道警本部の女性警察官が真相究明に挑むという展開です。警察内部の主導権争い、そして警察やアカデミズムの世界にも根強くある女性差別の問題などを織り交ぜながら、ハラハラ、ドキドキのストーリーが展開していきます。そして、読み終えた時、犯人の狂気に潜む深い悲しみと告発の叫びを知ることになるのです。

冒頭で爆破事件が発生した後は、小説の主な舞台は道警本部や犯人の周辺に移ります。それでも、事件現場周辺の新札幌について、「周囲にはホテル、総合病院、巨大商業施設が林立し、札幌副都心としてまさにこれから一層の飛躍が望まれるところだ。」といった記述も出てきます。また、情景描写の中には、サンピアザ水族館や札幌市青少年科学館なども登場します。息詰まるストーリ展開とともに、新札幌の描かれ方にも注目です。

『数学の女王』は私にとっては、厚別区が舞台になった初めての小説でした。しかし、こうなると気になるのは、他に厚別区が舞台になった小説はないのだろうかということです。早速北海道立文学館に問い合わせてみました。司書の方がいろいろ調べてくださり、「厚別区が舞台だとはっきり書いてあるわけではないんですが、そう見られる小説がありました」という返事をいただきました。

紹介してくださったのは、乾ルカ(いぬい・るか)さんの『わたしの忘れ物』です。2018年に東京創元社から出版され、2021年には創元推理文庫に加わりました。乾さんは、1970年札幌市生まれ・在住で、2006年『夏光』(なつひかり)でオール読物新人賞を受賞して作家デビュー。その後も『あの日にかえりたい』で直木賞の候補になるなど活躍を続けています。北海道新聞の夕刊に連載していたエッセイでもおなじみですよね。『わたしの忘れ物』はまだ読んだことがなかったので、すぐに買い求めて読んでみました。文学館の方がおっしゃったとおり、どこにも厚別の地名は出て来ません。しかし、舞台となっているのは「市内A区」にある「トゥッティ」という大型複合施設の忘れ物センターです。この「トゥッティ」は「市内を東西に走る地下鉄路線の、東の終着駅一帯に」あり、「多種多様な店舗、シネコン、レストラン街、各種クリニック、カルチャーセンター等を網羅」していると書かれています。思わず「こりゃ、新札幌でしょう!」と突っ込みたくなります。「忘れ物センター」については「北側地下エリアの一角」に「追いつめられた小動物のように、北西の片隅にあった」と書かれていました。「北側地下エリア」となれば「デュオ」の地下ということになります。

デュオ-1の防災センター

捜しに行ってみると、「忘れ物センター」こそなかったものの、「デュオ-1」の地下で「防災センター」を見つけました。ローソンを左に見て、過ぎたところの角を左に入った奥にあります。「追い詰められた小動物のように」という表現がぴったりの佇まいです。制服を着た数人の方が詰めていたので話を伺うと、「デュオ」の忘れ物は、毎日夕方には防災センターに集められるとのことでした。「小説の舞台に似ているという話は聞いたことがありません」とおっしゃっていましたが、私は「聖地巡礼」を実現したような達成感を感じていました。

『わたしの忘れ物』は、北海道大学を思わせる「H大学」3年の中辻恵麻(なかつじ・えま)が、大学から「忘れ物センター」でのアルバイトを紹介されるところから始まります。恵麻は家族との折り合いがよくないうえに、親友も東京に行ってしまい、深い孤独や自己嫌悪、生きづらさを感じています。そんな恵麻が、センターのスタッフや忘れ物を捜しにやって来る人たちと触れ合う中で、人間的に成長し、忘れ物を取り戻すかのように、親友や家族との絆を再確認していくという物語です。大型複合施設の名前「トゥッティ」ってどんな意味なのか調べてみると、「全員による演奏」という意味のイタリア語で、「ソロ」の対義語だということわかりました。確かに、ひとりぼっちだと思っている恵麻に、「あなたの人生の音楽はソロなんかじゃない、みんなが一緒に奏でてくれているんだよ」と語りかけているような、ジワーッと心が温まるストーリーなんです。私たちの地元がそんな小説の舞台になったことを本当にうれしく思います。

小説の舞台になる場所というのは、読者にある種のイメージを持ってもらえるところ、あるいは、さまざまなインスピレーションを与えられるところなのではないかと思います。厚別がこれからますますそういう街になって、厚別を舞台にした作品がどんどん生まれることを願っています。

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